渡良瀬渓谷ラン 前編晩秋の茅ヶ崎公園と庄栄

2005年12月10日

渡良瀬渓谷ラン 後編

2005年12月3日(渡良瀬渓谷ラン 前編 の続き)
草木湖にて
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この美しい湖も、上流から流出した鉱毒を沈殿させる役目もあるらしい。
(またちょっと重い話ですが、、、)
 足尾銅山については,鉱毒の垂れ流しだけでなく法外な低賃金とほぼ収容所での強制労働という状態近い非人間的な待遇の飯場制に反対し待遇改善を要求した労働争議もよく知られている。明治の終わり起こったこの争議では数千の工夫がダイナマイトで本山の建物数箇所を破壊し,石油庫・火薬庫などを爆発させる暴動となった。
 渡良瀬川の魚類の大量死から始まった鉱毒被害は,下流の数万ヘクタールの農地を汚染し,1896年9月の未曾有の大洪水によって,鉱毒被害は近隣の栃木,群馬から茨城,埼玉,さらに東京,千葉へと拡大した。
 時の議員の田中正造は,農民の先頭に立って公害反対運動を進め、明治天皇に直訴を試みるが失敗。
 銅山の経営者であった古賀市兵衛と姻戚関係にあった農商務大臣陸奥宗光は,わずかの補償と引き換えに一切の苦情を申し立てないという示談契約を成立させた。
 陸奥の元秘書であった内務大臣原敬は,洪水対策のための遊水地化に反対する農民を警官隊により弾圧し,下流の谷中村を滅亡させた。

現在の綺麗な景色を見ているとそんな暗い歴史は想像しがたいし、足尾銅山は廃山になったが、前編にも書いたように現代も別の形で同じ様な過ちを繰り返す可能性を秘めている。
そんなことに疑問を持つ人が増えれば良いこともあるかと思い、あえてレジャーサイクリングの記事ながら、ちょっと重い話も紹介しました。

↓クリック

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                足尾からのダウンヒルを楽しむ
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上流から草木湖を望む
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最後はやはり蕎麦の紹介です。笑顔
足利市郊外名草の「名草釣堀」の十割蕎麦です。「えっ?!釣堀で蕎麦?」そう誰もが立食い蕎麦で食べるような業務用の蕎麦が出てくると思うでしょう。ところが、、、食べてみればわかります。ここに案内してくれた友人Tasは「美味しくなかったら、みんなの分払うよ!」と言ってのけます。もちろん彼がおごる羽目になったことはありません。

この記事へのコメント

1. Posted by nakie   2005年12月13日 12:42
すばらしい紅葉の写真
そば たべたかった。
是非 新緑の時期に再企画に
してください。お願いします。

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渡良瀬渓谷ラン 前編晩秋の茅ヶ崎公園と庄栄